第二次世界大戦前後の飛行機のフォルムに惹かれて数十年。戦争に使われた飛行機、民間で使われた飛行機、暗い運命を背負った飛行機、栄光に包まれた飛行機・・・そして飛行機にかかわった人間も、興味深いものがあります。そんな飛行機の登場する本を紹介していきます。また、本文に出てきた飛行機をできるだけひろってみたいと思います。
液冷戦闘機「飛燕」
最近「飛燕」に興味がある。エンジンが間に合わなかったり、稼働率が悪かったり、さらにスマートな機体が華奢な雰囲気を思わせていた。しかし、いろんな本に書かれている「飛燕」を読んでいるとそうではないことが分かってきた。
まず、エンジンであるが不出来ではなかった。もとになったDB601が画期的なエンジンであることには異論はないと思う。
川崎がライセンス生産したハ四〇は、ボッシュの燃料噴射装置を使うことが契約上認められず三菱製の燃料噴射装置が付けられた。エンジン自体の問題はない、問題は生産する体制にあった。高度に精密なエンジン作る工場には熟練工が必要である。熟練工は、徴兵され戦場で戦っていた。戦場にいれば、徴兵された意味もあるが、熟練工(つまり若くない)はむしろ後方で土木作業に従事していた。
エンジンの整備でもそうである。F1マシンのエンジンのような整備ができるメカニックは実は戦場にいた。実戦の中で鍛えられ、整備技術が身に付いた整備兵は、日本軍の後退の中で戦場に取り残されていった。実際に整備に当たっていたのは、二〇歳前後の経験未熟な若者であったのだ。
貴婦人を思わせるスタイルとは別に「飛燕」の特筆すべき性能は、タフさであった。頑丈な機体は、無理な扱いをしても壊れず、改造にもよく耐えた。スピードと格闘性を兼ね備えた上に発展性という強さをもっていた。登場したときにすでに究極の状態で、これ以上の発展性を持ち得ず止まってしまった零戦とは大違いなのだ。
メッサーシュミットBf109もスピットファイアーも10年以上、発展し続け戦場で戦った。零戦でヨーロッパの飛行機に追いついたことになっているが、実はその時点で止まってしまった。日本で匹敵するとすれば「飛燕」であったかもしれない。
Bf109的な出発した「飛燕」は、空冷エンジン三菱「金星」エンジンを積んでFw190に変身する。その性能は、当事者たちの予想を超えるモノであった。もともとの「飛燕」の機体設計の良さが生きていたのだ。
熟練工を徴収し、熟練整備兵を戦場においてけぼりにし、お役所仕事の見通しのなさの中で「飛燕」は翻弄された。
1 ライト兄弟1号機
2 八七式重爆
3 八八式偵察機
4 KDA-3
5 九一式戦闘機
6 KDA-5(九二式戦闘機)
7 キ五
8 キ一〇(九五式戦闘機)
9 キ一一
10 キ二七
11 キ三三
12 キ二八
13 屠龍
14 キ六〇(三式戦闘機「飛燕」)
15 キ一〇二高々度複座戦闘機
16 隼
17 鍾馗
18 疾風
19 零式艦上戦闘機
20 雷電
21 烈風
22 紫電
23 紫電改
24 キ四八
25 キ六〇
26 メッサーシュミットBf109E7
27 五式戦闘機
28 P-51マスタング
29 B-25
30 十三試双発陸上戦闘機「月光」
31 カーチスP-40
32 ホーカー・ハリケーン
33 B-17
34 P-38
35 九十八式軽爆
36 百式司令部偵察機
37 九十九双発軽爆
38 一式陸上攻撃機
39 九十七式重爆
40 B-24
41 P-47
42 B-29
43 F6F
44 F4F
45 F-13
46 F4U
47 カーチスSB2C
48 キ100
文春文庫
2006年7月10日
渡辺洋二
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